日本初!勝手に勉強する子ができる塾

四谷大塚偏差値44⇒57の大逆転合格!

合格ハチマキと桜とだるま

ファイで指導するまでの経緯:市進学院

今回は、小3から市進学院という塾に通っていた女の子のお話。

小4に上がった最初は一番上のクラスにいたのですが、小5になるときには1つ下のクラスへの変更を勧告されてしまったそうです。

市進学院という塾は成績でクラス分けをしているものの、その基準は厳格ではなく、人数バランスやそのクラス全体のレベル、そしてお客様の顔色を伺いながらクラス変更をする塾。

要するに駄々をこねれば成績が足りなくても上位クラスへいられる塾なのです。

そしてクラス変更の方針は教室長が決めるものの、担任の先生の意見もクラス変更に左右されるため、実は成績が既に足りていない状況でも、そのまま上位クラスに残されてしまうことも多いのです。

そしてその無理な状況を清算するタイミングが新年度への切り替えのタイミング。

担当が変わりますからね。

唯一新年度の担当へ責任を押し付けて、強引にクラス変更をできるタイミングとなるわけです。

この子も例外ではなく、5年生からの下のクラスを勧告された時点で、既に上位クラスの目安とされる偏差値を大きく下回っていました

しかしお母さんは下のクラスへ行くことを拒否。

何とか上位クラスにいさせてくれるように担当を飛び越えて教室長を直接説得。

個太郎塾という市進学院併設の個別指導と併用することを条件に、5年生は今まで通りの上位クラスでスタートしました。

個別指導のブース

個別指導を併用しても伸びない

よく集団塾のフォローとして個別指導を併用する方がいらっしゃいますが、個別指導は併用すれば伸びる訳ではありません。

併用の場合、何をやるかではなく、どのようにやるかの方が重要になってくるのです。

この子もそこではまってしまい、成績は低迷

この時点でのノートも見せてもらいましたが、おそらく既に担当の先生には見捨てられていたと思われます。

提出して先生が見たと思われる提出物は見たというサイン以外、何の指示も指摘も入っていません。

要するに実質未チェック。

担当の先生からしたら、全然成績が足りていない生徒を新年度早々押し付けられているのですからいい気分はしないでしょう。

実はこの先生の生徒だった子を、たまたま別の機会でも見ているのですが、ノートのチェックの仕方が全然違いましたからね。

ほぼ間違いなく最初から相手にされていなかったと思われます。

本人も上位のクラスにいたいという思いがあり、必死で勉強したのですが、結局全然成績が上がらないまま夏休みが終了。

ある意味成績が上がらないまでも、下がりもしなかったのは立派だと思うのですが、やはり消化不良が大きかったようです。

ちなみに個別指導(個太郎塾)では市進学院と連携を取る形で、授業の復習をしていました。

一応先生同士の連携も取っていたらしく、指導内容は授業と連動していました。

ただ、教え方は連携していませんでしたね。

個別指導の担当の先生は中学受験の経験がある講師がついていたとのことでしたが、解き方が市進学院の先生とはちぐはぐでした。

例えば、食塩水の問題を市進学院の先生はてんびん算で教えていたのですが、個別指導の先生は加重平均で教えていたり、つるかめ算に関しては市進学院と個太郎塾の先生で解く時の図が違っていたりといった状態でした。

秋になり、再度下のクラスへの変更の打診が来たのですが、お母さんは

「これだけやっているのに何でダメなの?何がいけないの?」

と追及。

ところが担当の先生の答えは、

「宿題もやってきているし、一生懸命頑張っているんですけどね。やはり能力的に限界なのではないかと。」

という答え。

そもそも小4の時点で一番上のクラスに入れたのは市進学院側。

それを今さらになって能力が足りないと言ってきたわけです。

お母さんはカンカン!

そりゃそうですよね。

小3から指導しておきながら、偏差値という物差しでしか、見てこなかったということですから。

普段大人しく上品な雰囲気をまとっている方だけに、おそらく市進学院側もビックリしたのでしょう。

結局夏以降も上位クラスへ残ることに。

算数・グラフ・成績表

ファイの面談。そしてクラスダウンの指示

一番上のクラスに残れることになったものの、お母さんはすぐに別の塾、家庭教師を探したそうです。

怒った勢いだったとはいえ、相当慎重に吟味したのでしょう。

クラス変更の話からは既に一か月半、私の所に連絡が来たときは既に小5の10月半ばになっていました。

色々な塾や家庭教師に話を聞いたそうですが、どの先生も、

「(根拠がない)大丈夫ですよ。何とかなります。」
「勉強量を増やせば…」
「志望校を考え直した方がいい。」
「授業を沢山取れば大丈夫。」

こんな当たり障りのない話ばかりで、結局何をどうすればいいかが見えて来ず、かといって中断するわけにもいかず、すぐに塾を変えられなかったそうです。

そんな中、私のブログを見つけて連絡を下さったのですが、あいにくこの時期は立て込んでおり、すぐに指導に入れる状況ではありませんでした。

そこで指導に入る前のつなぎということで、状況は今までの経緯を見てわかりましたので、すぐにクラス変更を指示しました。

しかもそのクラスは1つ下のクラスではなく、2ランク下、つまり市進学院で一番下のクラスへのクラス変更を指示しました。

お母さんは驚愕、子どもも泣き出して、

「そんなの絶対に嫌っ!」

と言い始めました。

まぁ気持ちはわからなくもありません。

1つクラスを下げるだけだってあれだけ嫌だと言っていたのですから、初めて会ったばかりの人に、いきなり一番下のクラスに変えろと言われたところで納得できないでしょう。

どの道私はすぐに指導に入れるわけではなかったので、10月、11月、12月のカリキュラムと、今までの出来具合を元に、今後の3か月間の成績推移と点の取り方についてどうなると予想できるかをお話しました。

そして、私が教えに入るまでの間にどうするのか決断しておくように話しました。

学習法指導塾ファイの教室の様子

一番下のクラスへのクラス変更の決断

この最初の面談は、お母さんにとっても衝撃だったようですが、それ以上に子どもが衝撃を受けたようで、それからは睡眠時間を削って勉強するようになったそうです。

その結果、11月の試験の結果は私の予想を少し上回りました。

お母さんも子どもも「これはいけるかも!?」と期待したそうです。

しかし冬期講習開けの試験で下落

この下落も私の予想した数値まではいかなかったものの、下落自体は予想通りの結果となりました。

そして、お母さんが何より驚いたのが、点の取り方

私が予めこの単元で点が取れなくなるから、力を入れてやっておくようにと指示した場所が的中。

個太郎塾の先生にも頼んで見てもらったにも関わらず、お母さん自身も一生懸命教えたにも関わらず、全然点が取れていなかったのです。

この時点でお母さんは私に任せようと決断し、子どもを説得したそうです。

「次のテストで切替先生の言った通りになったら、切替先生の言う通り、一番下のクラスに変更しよう。それで切替先生に教えてもらおう。」

子どもは大暴れして泣きじゃくったそうです。

「もうお母さんになんか教えてもらわない!」

と反抗し、聞く耳を持たず、1人で頑張ったそうです。

そして期限の試験。

惨敗

予想を下回る偏差値50すれすれにまで落ち込みました。

実はこの試験に関しては、成績表が返ってくる前、テストが終わって帰ってきた時点で子どもは泣いていたそうです。

暴れはしなかったものの、部屋に閉じこもってずっと泣いていたそうです。

そして泣き止んだ後で話をし、一番下のクラスに変更することを受け入れました

この決断を市進学院の先生にしたところ、「そこまで下げなくても」とビックリされたそうです。

しかし今までクラス変更が嫌だと駄々をこねていた親子がクラス変更すると言ってきたので、渡りに船だったのでしょう。

アッサリと受け入れられました。

そして個太郎塾もやめて、ファイで学習法を指導することに。

ただ、この頃には受験が一段落した子もいて多少ゆとりが出て来たものの、まだ完全に請け負える程の時間が取れなかったため、市進学院は続けてもらうことにしました。

ファイの小学生のまとめノート

一番下のクラスからの再スタート

サバサバとした性格が良かったのか、一番下のクラスにすると決めてからはケロッと立ち直り、普通に通いだしたそうです。

お母さん曰く、

「私がクラスに固執しすぎたことが、子どもに強迫観念を植え付けていたのかも知れませんね。」

と。

「その通りです。」

言いませんでしたが(笑)

さて、ファイでは週1~2回、算数に集中して教えることにしました。

題材は市進学院の問題ではありますが、教える内容は勉強のやり方です。

週2回程度では市進学院で習う内容を全てカバーなんてできませんからね。

他の科目については直接指導する時間が取れないので、とりあえず自分なりの勉強に任せることにして、指示だけに留めることにしました。

当然成績も取れなくなるのは予想済みなので、そのことも最初に伝えておきました。

この時の私の指導方針はこんな感じです。

  • 他の科目は後回し。とにかく苦手科目の算数を軌道に乗せる
  • 完璧主義に走らない事。不要なものは捨てること。
  • 成績表の偏差値で一喜一憂しないこと。捨てた単元は点にならない
  • この子に必要な単元で優先順位をつけるので、市進のカリキュラムには完全には沿わない
  • 打診されても上のクラスに上がらないこと。

実はこの子、私が教えに入ってすぐに一度ポンっと成績が上がっているんですね。

そこでやはり市進の先生から上のクラスに上がってはどうかという話が来たそうです。

子どもからこんな話をされました。

「ねぇ、先生。市進の先生に上のクラスに行ったらどうかって言われたんだけど…行っちゃダメかな。やっぱり今のクラス簡単だし。」

「どうぞ。先生はもう教えないけど。」

「はい、わかりました。行きません。」

「なんで一番下のクラスに行けって言ったか覚えてる?」

「この単元をできるようにするためです。」

「今クラスを変更したらどうなる?」

「苦手な単元を上のクラスで受けることになります。」

「いいの?」

「ダメです。」

案の定、次の試験では成績が下がりました。

でも想定内です。

取るべきところはしっかりと取れていたので問題なし。

でも市進学院の先生には「どうしたの?何かあったの?」と心配されたそうです。

今この子に何が起きているのか、何も見えていない証拠

まぁ先生を始めて数年の先生が担当だったようなので無理もありません。

こんな感じで夏前まで教えた結果がこれです。

市進学院の定例試験の成績表

算数の偏差値が51から60まで上がっているんですね。

算数が60台に乗ったのは4年生の半ば以来でした。

算数以外はカットしていますが、ご想像の通りズタボロです。

偏差値40台と50台を行ったり来たり。

まぁ最初の予定通り、まずは苦手意識が強い算数を何とか軌道に乗せることが先決だったので、他の科目は大して問題ではありません。

しかしこの成績で今まで一番上のクラスにいたのですから、市進のクラス分けなんて、あってないようなものです。

結局クラス名だけがブランド化して、本質を見失ってしまっているんですね。

算数の偏差値40台から

市進学院との決別し、自学を選択

まだ課題はいくつか残してはいるものの、この頃になると自分でどう勉強したらいいのかも身についてきて、次第に回るようになってきました。

まだ算数だけですが。

しかし他の科目も私に見てもらいたいという本人の要望もあり、夏からは市進をやめて、私が見る時間を増やすことになりました。

ここから理社も上がりました!

となればカッコいいのですが、残念ながらそう簡単には行きません。

分野により波が激しい状況でした。

しかし志望校に対しては割と埋めて来たので、模試で取れていなくてもそこまで問題ありません。

夏からは市進学院をやめたため、四谷大塚合不合判定テストを受験していました。

最初と最後の結果を並べて比較すると次のようになりました。

四谷大塚の成績表と成績推移

国語、理科も成績が上がっていますが、社会は下がっています。

そして目的としていた算数は偏差値40.5から55.7

点の取り方もだいぶ良くなってきたので、過去問でも十分通用するようになってきました。

しかしこの時点で四谷大塚の4科偏差値で50.4。

志望校は四谷大塚の偏差値で57。

上がってきたとはいえ、まだまだ全然足りません。

志望校判定も合格率20%未満

しかも、あろうことかこの子は理系が苦手なのに志望校はガッツリ理系の学校なんですね。

そんなわけで冬は受験校の過去問を通して勉強するも、合格点は全く取れず

最低でもここは押さえておきたいと考えていた江戸川女子中ですら、過去問で合格するのは3回中1回程度。

まぁ江戸川女子中は試験が3回あるので、確率的にはどこかで1回は引っ掛かるはずなので大丈夫だろうとは思いましたが、問題は本命。

第一志望の過去問は1回も取れないどころか、かすりもしない

子どももふてくされてしまったので、江戸川女子と同レベルぐらいの学校の過去問で練習を積み重ねることにしました。

入試開始⇒全滅⇒3回目で合格!

そして入試開始。

千葉県内は志望校を含めて全滅

一応練習用にということで、県外のお試し受験はしておいたのですが、そちらもダメ。

2月に入り、3回中1回しか合格が取れなかった江戸川女子中1回目で合格が取れました。

とりあえず一安心で、お母さんとしても江戸女は気に入っていたためそこでも良かったのですが、やはり志望校の3回目をもう一度チャレンジしたいということで受験することに。

とはいえもうあと数日しかありません。

ところがここにきて本人が志望校の過去問をやると言い出したんですね。

点が取れないとまたへそを曲げる可能性が(^^;

そこで過去問としてではなく、問題集として使うように指示。

点数は出さずに演習として使いました。

点は出さずにこちらでこっそりと点数をはじいてみるも、五分五分。合格点を取れてもギリギリ。

始めてではなく、何度も実施している過去問なのですが(^^;

そんな状態で挑んだ3回目の受験で、見事合格!

一番良かった時でも偏差値が6足りず、年度初めの状態と比べると15近く足りない状態の学校に見事合格したのです。

「あの時先生に一番下のクラスに行けって言われてなかったら、きっと合格できなかったと思う。」

そう話してくれました。

桜の花とつぼみ

入学、その後

理系が苦手な状態で理系に強い学校へ進学することになったので、さすがにどうなるかと心配しましたが、中の上くらいを維持しているそうです。

元々理系がダメダメだったことを考えれば、なかなかいい感じ。

部活に熱心で、あまりに勉強しなさ過ぎて急落したこともあったそうですが、すぐに元に戻せたそうです。

なんでも

「先生に教えてもらっていたことばかりだから、どう勉強すればいいかわかったし、そんなに大変ではなかった」

と。

私も入った時のことを想定して、受験勉強の段階からどの分野を強くしておけば落ちこぼれないか考えて教えていましたから、しっかり布石が活かしてくれたようで嬉しい限りです。

高校入試もそうですが、特に中学入試においては受かればいいというものではありません。

合格するための勉強と、合格した後の勉強は違うのです。

もちろんちゃんとした勉強を積み上げて合格する子もいますが、実情を見てみると、受験のシステムに乗せられて、合格するための勉強をさせられている子が大部分を占めています。

合格するための勉強も無駄だとは思いませんが、それがうまく回っていないのであれば合格した後の勉強を考え、その上で合格を目指していく方が長い目で見てうまくいくのです。

もし今の様子が気になるようでしたら、勉強法を変えてみませんか?

ファイなら、受験後に勉強法という財産を残してあげられますよ(^^)/

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ABOUT US

学習法診断士。東京、千葉、埼玉を中心に独自の教育論、常識外れの教育手法を用いて大手進学塾や個別指導塾、家庭教師といった教育機関で多数のミラクルと言われるような合格を打ち出す。2013年に株式会社学習法指導塾PHIを設立し、子供たちへ勉強のやり方の指導を始め、親への接し方の指導、セミナー活動、高校や大学での指導、塾や学校の先生などの教育者に対する指導、動物介在教育など多岐にわたって教育業に携わる。

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