先生はそれぞれが様々なポリシーを持って指導にあたっていますから、正解などありません。
強いて言うならば、賛同してくれる方がいれば、その方にとってはその先生の考え方が正解となるでしょう。
ここではあくまで一般論についてお話しますが、該当しない先生を非難・批判するものではありません。
あなたがどういう人を先生と考えるか。
どういう人に我が子の先生になってもらいたいか。
ただそれだけです。
「自分に合わない」というだけで、他の方を非難しないようにお願いします。
目次
「いい先生」とは
さて、塾講師と言うとどのようなイメージでしょうか?
多くの方が「子どもに教える仕事」と考えている事と思います。
私の友人にも先生は多くいますが、ほとんどの方が教えるのが仕事だと考えているようです。
そういう観点から言えば、いい先生とは、成績を上げてくれる先生、志望校に合格させてくれる先生になるでしょう。
教えてくれるのが上手い、というのもいい先生の条件かも知れません。
個別指導や家庭教師でも、基本的には成績に関するものがいい先生としての評価基準になりがちです。
トライの家庭教師はタレントの人気投票みたいに綺麗な女の子をよいしょして売っていますが、まぁあれも子どものやる気につながるならいい先生と言うこともできますね。
ではそもそも「先生」とは何でしょう?
あなたは「先生」とはどんな人の事を指すと思いますか?
国語辞典にはこうあります。
漢字の意味を考えるとやはり「4.自分より先に生まれた人。年長者。」これが先生の語源でしょう。
つまり、本来先生とは年齢が上の人のことであり、年上であれば年下の人にとっては誰でも先生になりうると言う事です。
最近は何でもかんでも学校の先生に責任を押し付けるような風潮もありますが、本来の意味で考えれば、親も先生の一人なのです。
いや、親こそ先生と言うべきかもしれません。
では「教える」とはなんでしょう。
「教える」とは
これも語源を考えてみましょう。
この「教える」という漢字。
元々は「子を鞭で叩く」という所に由来しています。
「教える」という漢字の左下に「子」という漢字が入っていますよね?
右側は鞭で叩いている様子が変形してできたものです。
「子」の上の土にスラッシュが入ったような部分は、元々×が縦に並んでいるもので、「学校」を意味しています。
「学」という字は旧字体で「學」と書き、真ん中に×が二つ縦に並んで入っていますよね?
この×二つは木造校舎の骨組みをイメージしています。
よって、「校舎で子供を鞭で叩いて教える」これが教えるの語源となったイメージなのです。
今これをやったら、体罰で一発アウトですけどね(笑)
つまり「教える」の意味が時代に合わせて変わってきているのと同様に、「先生」の意味も時代に合わせて変わっていると言う事です。
実際、小学校の先生は、学習指導要領の変更のたびに、教え方に悩まされています。
私のところにも結構学校の先生から相談が来るのです。
今の時代に求められる教育
今の時代の「先生」や「教える」の意味は時代の流れ、文部科学省の方針から考えると「考える力を身につけさせる」という方針に変わってきています。
これは私見ではなく、世界的に見てもこの流れは明らかであり、文部科学省を初め、誰もが言っている事です。
学力テストはもちろん、中高一貫の問題を見てもそれは明らかであり、ただパターンに当てはめて解くだけの問題はどんどん減少しています。
「答えがひとつではない入試」
これが増えてきたといえばイメージしやすいでしょうか?
ただ解法を覚えて解くのではなく、自分で解法を考えて道筋を立てて解く必要が出てきました。
解法を考えるより覚える方が早いのでは?
「学歴社会の入試では、解法を覚える勉強も必要!」
という先生もいらっしゃるのですが、その学歴社会のトップに君臨する東大の入試は、昔から解法を考えさせる入試問題です。
もっともほとんどの学校が解法さえ覚えてしまえば解けてしまうことは否めませんし、学歴社会がなくなるとは私も思ってはいません。
残念ながら、いくら理想を掲げたところで、あと数十年はなくならないでしょう。
そして現実的に学歴が有利に働く世の中であることには違いがありません。
しかし昔ほど学歴で人生が決まるわけでもありません。
どういう学歴だとしても、幸せに感じる人はいくらでもいます。
この「自分なりに幸せを感じる生き方」こそが、ゆとり教育が目指した本来の姿であったはずです。
その方針とやり方には問題点が多数ありましたが…
次の世代を育てる先生
次の時代を生きる子どもにとって必要なことを教えてくれる先生とは、どういう先生でしょうか。
これにも文部科学省が明確な答えを打ち出しています。
「子どもに教える人」ではなく、「子どもに考えさせる人」でしょう。
いくら教えるのがうまい人でも、考えさせる事が出来なければ、教えた事にならない。
ファイは創立時からその考えでやってきていますし、私自身、教壇に立って数十年、ずっとこの考え方です。
だからどんな些細な疑問でも大切にします。
くだらない疑問や質問でも子どもと一緒になって真剣に考えます。
オンライン授業でも出た例を挙げてみましょう。
ロジカルよりラテラル
先日も面白い質問がありました。
「”hu”って”間”って意味なんですか?」
最初聞いた時は「???」と思いました。
この子が考えた理論はこうです。
human = 人間
man = 人
human-man=hu=間
じゃないんですか?
まさか英語で方程式をやられるとは思ってもいませんでした(笑)
受験という一つの枠組み(ロジカルシンキング)にあてはめてしまえば
「バカな事言ってんじゃないよ。」
で終わりですが、こういうくだらない事を真剣に考えるのがファイ!
すごいじゃないですか、こういう子どもの発想力。
まさにラテラルシンキングですね!
ラテラルシンキングが本物の学力を育てる
このhumanが発展して、オンライン授業の塾生たちが話し始めました。
「じゃあウルトラマンはどうなんだろう?」
「ウルトラマンはそれでひとつの名前なんじゃない?ウルトラ太郎とかいるし。」
「じゃあスパイダーマンは、もし女性だったらスパイダーウーマンなのかな?」
「逆になんでキャリアウーマンはあるのにキャリアマンって言わないんだろう?」
出てくる出てくる(笑)
こんなこと普通の塾で話していたら雑談扱いですね。
でもファイは大歓迎。
こういう話を考えてる時はみんな真剣なんですよね。
もちろん全員が茶化さずに真剣に聞いているから、という環境にも要因はあります。
一人でもバカにする子がいると、疑問に思っても口に出せなくなってしまいますからね。
日々こういうくだらないことを真剣に考える、それが習慣になっているからどんなくだらないことでも話す環境ができているのです。
トイレットペーパーの芯を抜く
授業中、筒の断面のイメージができない子が、身近な筒を探していて、トイレットペーパーの芯を見つけました。
しかし、芯は使い終わらなければ筒だけ取り出せません。
すると、
「芯、抜いちゃえ!」
と言って、トイレットペーパーから芯を抜いてしまいました。
滅多に芯を抜くという使い方をすることはありませんからね。
それだけで楽しくなったようで、いじくりまわして観察していました。
するとオンライン授業でも他の子が「僕も!」「私も!」と言って、トイレットペーパーの芯を抜いて遊び始めました。
こうしてわかったことは以下の通りです。
- 使いやすくはないけれど、真ん中から抜くと、トイレットペーパーが転がらずに紙を出せる。
- トイレットペーパーの芯は平行四辺形を丸めて作っている。
- 安いトイレットペーパーの芯は径が大きい。(断面積が小さい分、量が少ない)
トイレットペーパーの芯を抜いて、ティッシュ替わりに使う地域もありますからね。
知っている子もいるかもしれません。
しかし、こういった今までにない使い方はラテラルシンキングの力を育てるのにとても役立つのです。
オンライン授業で扱った飛行機問題
ネットでも話題になっていた問題を塾生が持ってきたので、オンライン授業でも扱ってみました。
時間はかからないので、ちょっと考えてみて下さい。
上の図の赤い点は、帰還した航空機が機関銃で撃たれた場所集計した図を表しています。この航空機を改良するとき、どこをどう改良するべきか考え、説明しなさい。
赤い印がついていない場所を強化する。
これは帰還した飛行機を調べたものなので、赤い印がついている場所を撃たれた飛行機は帰還できたと考えられます。逆に言うと、赤い印がついていない場所を撃たれた飛行機は墜落して帰って来ることができなかったと考えられます。そのため、印がついていない場所を強化することにより、墜落しにくくなると考えられる。
ラテラルシンキングというのは制限にとらわれない自由な発想をすることなので、答えは1つではありません。
さまざまな答えがあっていいのです。
しかしこれは実際に第二次世界大戦中に行われた改良で、この改良により墜落する飛行機が激減したそうです。
オンライン授業でも割とこの答えにたどり着く子はいました。
比較的男の子に多いですね。
もしかしたら、男の子の方が、型から外れた考え方の経験を積んでいるのかもしれません。
それを勉強に活かしていないだけで(笑)
考える力を伸ばす時の注意点
ファイでは子どもが質問できないという話は聞きません。
「今までいた塾より質問しやすい。」
「どんなことでも,真剣に一緒に考えてくれるから楽しい。」
「くだらない質問しても怒られないから安心して聞ける。」
よくこういった話を頂きます。
しかしそれは生徒と先生の距離が近いとか、フレンドリーとか、そういうことではありません。
どちらかというと厳しい、スパルタな塾と言われていますし。
それでも子どもが質問できるのは、こういうくだらない質問でも真剣に一緒に考えるから、安心して質問出来るという空気が生まれているのです。
子どもって意外と臆病なんですよ。
「質問してバカにされたらどうしよう…」
とか、
「折角教えてくれたのにわからないとか言ったら申し訳ないかな…」
とか、考えてしまうのです。
それがない、とわかっているだけで、子どもは安心して考え、自分の意見を言えるようになるのです。
そして、これがのびのびとラテラルシンキングを育てることにつながっていくのです。
逆に言えば、考え方を否定すると、考えることをやめてしまいます。
つまり、ロジカルシンキングや大人の常識という尺度で話をしてしまい、受け入れない時です。
これをやってしまうと、子どもは自由な発想がいけないことだと考え、型にはめ、大人の常識で行動できるように努力しようとします。
結果、それが思考力を狭めることにつながってしまうのです。
なので、考える力を伸ばしたいのであれば、子どもの考えはまず受け入れる。
どんなアホな考え方でも、まず受ける。
これをやるだけで安心して考えられるようになっていきます。
親がラテラルシンキングを育てる方法
先に生まれていれば先生です。
親でも先輩でも。
そしてこれからの時代求められている「教える」というのは「子どもに考えさせる事」です。
これは親でも十分できるのです。
いや、むしろ親の方がきっかけを与えやすい立場にいるでしょう。
塾講師や家庭教師、個別指導の先生だけが先生というわけでもないのです。
そういう意味では、親がいい先生である、というのは子どもが伸びる条件の一つともいえます。
とはいえ、勉強を教える必要はありません。
考えさせるきっかえを与える先生という意味です。
ファイのオンライン授業でも、それを意識して授業しています。
もしこのブログに書いた先生像が、あなたにとっても良い先生であるならば、あなたが良い先生になればいいのです。
実は、良い先生を探すより、その方が手っ取り早いですし、成功率もかなり高いんですよね。
問題なのは、親が変われないこと。
かわり方がわからないこと、なのです。
それについては、ファイで月1万円で保護者向けの学習アドバイザーを行っております。
親が接し方を迷わなくなるだけでも、勉強への姿勢が変わってきますよ。
現状の成績に打開策が見いだせない方は、学習法診断をご利用下さい。
入会不要で伸びない原因とその打開策を診断することができますよ。
1.学問や技術・芸能を教える人。特に学校の教師。また、自分が教えを受けている人。師。師匠。
2.教師・師匠・医師・代議士など学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語。呼びかけるときなどに代名詞的に、また人名に付けて敬称としても用いる。
3.親しみやからかいの意を含めて他人をよぶこと。
4.自分より先に生まれた人。年長者。