日本初!勝手に勉強する子ができる塾

先生とは何か?ラテラルシンキングの育て方

疑問を生徒に与える先生のイメージ

はじめに

先生それぞれが様々なポリシーを持って指導にあたっていますから,正解などありません

強いて言うならば,賛同してくれる方がいれば,その方にとってはその先生の考え方が正解となるでしょう。

ここではあくまで一般論についてお話しますが,該当しない先生を非難するものでも批判するものでもありません。

あなたがどういう人を先生と考えるか,ただそれだけです。

「自分に合わない」というだけで,他の方を非難しないようにお願いします。

先生とは?

あなたは「先生」とはどんな人の事を指すと思いますか?

国語辞典にはこうあります。

1.学問や技術・芸能を教える人。特に学校の教師。また,自分が教えを受けている人。師。師匠。
2.教師・師匠・医師・代議士など学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語。呼びかけるときなどに代名詞的に,また人名に付けて敬称としても用いる。
3.親しみやからかいの意を含めて他人をよぶこと。
4.自分より先に生まれた人。年長者。

漢字の意味を考えるとやはり「4.自分より先に生まれた人。年長者。」これが先生の語源でしょう。

つまり,本来先生とは年齢が上の人の事であり,年上であれば年下の人にとっては誰でも先生になりうると言う事です。

最近は何でもかんでも学校の先生に責任を押し付けるような風潮もありますが,本来の意味で考えれば,親も先生の一人なのです。

いや,親こそ先生と言うべきかもしれません。

塾の先生とは?

さて,では塾の先生と言うとどのようなイメージでしょうか?

多くの方が「子どもに教える仕事」と考えている事と思います。

私の友人にも先生は多くいますが,ほとんどの方が教えるのが仕事だと考えているようです。

では塾の先生とは何か?の前に,「教える」とは何でしょう?

そもそも「教える」ってなに?

これも語源を考えてみましょう。

この「教える」という漢字。

元々は「子を鞭で叩く」という所に由来しています。

「教える」という漢字の左下に「子」という漢字が入っていますよね?

右側は鞭で叩いている様子が変形してできたものです。

「子」の上の土にスラッシュが入ったような部分は,元々×が縦に並んでいるもので,「学校」を意味しています。

「学」という字は旧字体で「學」と書き,真ん中に×が二つ縦に並んで入っていますよね?
この×二つは木造校舎の骨組みをイメージしています。

よって,「校舎で子供を鞭で叩いて教える」これが教えるの語源となったイメージなのです。

今これをやったら体罰で一発アウトですけどね(笑)

つまり「教える」の意味が時代に合わせて変わってきているのと同様に,「先生」の意味も時代に合わせて変わっていると言う事です。

今の時代の「教える」とは?

今の時代の「先生」や「教える」の意味は時代の流れ,文部科学省の方針から考えると「考える力を身につけさせる」という方針に変わってきています。

これは私見ではなく,世界的に見てもこの流れは明らかであり,文部科学省を初め,誰もが言っている事です。

学力テストはもちろん,中高一貫の問題を見てもそれは明らかであり,ただパターンに当てはめて解くだけの一昔前の問題は減りつつあります

「答えがひとつではない入試」

これが増えてきたといえばイメージしやすいでしょうか?

ただ解法を覚えて解くのではなく,自分で解法を考えて道筋を立てて解く必要が出てきました。

解法を考えるより覚える方が早いのでは?

「学歴社会の入試では解法を覚える勉強も必要!」

という方もいらっしゃるのですが,その学歴社会のトップに君臨する東大の入試は昔から解法を考えさせる入試問題です。

もっともほとんどの学校が解法さえ覚えてしまえば解けてしまうことは否めませんし,学歴社会がなくなるとは私も思ってはいません。

残念ながら,いくら理想を掲げたところで,あと数十年はなくならないでしょう。

しかし昔ほど学歴で人生が決まるわけでもありません

どういう学歴だとしても,幸せに感じる人はいくらでもいます。

この「幸せを感じる生き方」こそが,ゆとり教育が目指した本来の姿であったはずです。

その方針とやり方には問題点が多数ありましたが…(^^;)

次の時代を生きる子どもを育てる先生とは?

次の時代を生きる子どもにとって必要なことを教えてくれる先生とは,どういう先生でしょうか。

これにも文部科学省が明確な答えを打ち出しています。

「子どもに教える人」ではなく,「子どもに考えさせる人」でしょう。

いくら教えるのがうまい人でも,考えさせる事が出来なければ教えた事にならない

PHIではずーっとこの考え方です。

だからどんな些細な疑問でも大切にします。

くだらない質問でも子どもと一緒になって真剣に考えます。

ロジカルよりラテラルを大切に

先日も面白い質問がありました。

「”hu”って”間”って意味なんですか?」

最初聞いた時は「???」と思いました。(笑)
この子が考えた理論はこうです。

human = 人間
man = 人
human-man=hu=間

まさか英語で方程式をやられるとは思ってもいませんでした(笑)

受験という一つの枠組み(ロジカルシンキング)にあてはめてしまえば「バカな事言ってんじゃないよ!」で終わりなのですが,こういうくだらない事を子どもと一緒になって真剣に考えるのがPHI

すごいじゃないですか,こういう子どもの発想力!

まさにラテラルシンキングですね。

 ⇒ 定規なしで直線を引けますか?

ラテラルシンキングが本物の学力を育てる

先程のhumanが発展して,このような話題になり,みんなで話していました。

「じゃあウルトラマンはどうか?」

「ウルトラマンはそれでひとつの名前なんじゃない?ウルトラ太郎とかいるし。」

「じゃあスパイダーマンはもし女性だったらスパイダーウーマンなのか?」

「なんでキャリアウーマンはあるのにキャリアマンって言わないんだろう?」

出てくる出てくる(笑)

この話をした子はそんなにテストの点は高くない子です。

でもこの話をみんなで考えてる時は真剣なんですよね。

もちろん先生も含めて全員が茶化さずに真剣に聞いているから,という事もあります。

こういうくだらないことを真剣に考える,それが習慣になっているからどんなくだらないことでも話す環境ができているのです。

ラテラルシンキングの育て方

先日も定規を巡ってラテラルシンキングの使い方を教えました。

その記事はこちら

 ⇒ 定規なしで直線を引けますか?

PHIでは子どもが質問できないという話は聞きません。

「今までいた塾より質問しやすい。」
「どんなことでも,真剣に一緒に考えてくれるから楽しい。」
「くだらない質問しても怒られないから安心して聞ける。」

よくこういった話を頂きます。

しかしそれは生徒と先生の距離が近いとか,フレンドリーとか,そういうことではありません。

どちらかというと厳しい,スパルタな塾と言われていますし。

それでも子どもが質問できるのは,こういうくだらない質問でも真剣に一緒に考えるから,安心して質問出来るという空気が生まれているのです。

子どもって意外と臆病なんですよ。

「質問してバカにされたらどうしよう」とか,「折角教えてくれたのにわからないとか言ったら申し訳ない」とか,考えてしまうのです。

それがない,とわかっているだけで,子どもは安心して考え,自分の意見を言えるようになるのです。

そしてこれがのびのびとラテラルシンキングを育てることにつながっていくのです。

誰でもラテラルシンキングを育てられる

先程の指導例は,何もPHIに通っていなければ出来ない事ではありません。

先にも話した通り,先生とは先に生まれていれば先生なのです。

親でも先輩でも。

そしてこれからの時代求められている「教える」というのは「子どもに考えさせる事」です。

これは誰でも出来ますよね?

親になるとついつい自分の意見や考えを子どもに押し付けがちですが,この「考えさせる」という事を意識するだけで,子どもはグッと変わってきます

慣れてしまえば誰でも簡単にできますので,ぜひ真似してみて下さいね(^^)/

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ABOUT US

学習法診断士。東京、千葉、埼玉を中心に独自の教育論、常識外れの教育手法を用いて大手進学塾や個別指導塾、家庭教師といった教育機関で多数のミラクルと言われるような合格を打ち出す。2013年に株式会社学習法指導塾PHIを設立し、子供たちへ勉強のやり方の指導を始め、親への接し方の指導、セミナー活動、高校や大学での指導、塾や学校の先生などの教育者に対する指導、動物介在教育など多岐にわたって教育業に携わる。

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